きまぐれ日記

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<<   作成日時 : 2008/07/10 00:09   >>

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買い物に行くとスーパーの前にあるファミレスの前で泥水をかぶったような汚い色の髪をした高校生らしき男女が地べたに座って馬鹿騒ぎしていた。どうやら髪を染めるときに脳ミソも抽出されて洗い流されてしまったような雰囲気の奴らだ。周りが軽蔑の視線を彼らに送っているのだが意に介す気配はない。というかそういうことを考える能力が欠落しているように思えた。彼らはバカ話を大声でし、スーパーで買ったであろうお菓子やペットボトル飲料を口にしていた。
さて買い物が終わり帰るとバカどもの姿はない。そのかわりに菓子の袋とペットボトルが散乱していた。食い残し、飲み残して帰っていったようだ。日本は平和だと思う。こういうバカどもが平和に飯を食い、飯を捨て、環境を汚す。そのために使われる資源がもしアフリカにいけばいくらの人が救われるのだろう。生きる価値がないとはいわない。だがいい加減自分のしていることがいかにはしたないことか理解してもいい年だろう。地べたに座って飲み食いすることは理解してあげられる余地はあるかもしれない。だがてめえがしたクソの始末ぐらいはしろと言いたい。わたしはこういう奴らを見ると「この人たちはクソした後にケツを拭かない人」と決めつけることにしている。だからこういう奴らはクサいのだ。ちなみにスーパーで買い物をした後カゴを放置するババァも同様に決め付けている。
相武沙季がCMでくだらないことを言わされている。男の臭いがうんぬんというやつだ。多少の体臭は真面目に体を動かして働けばでるものだ。それを卑下することはない。このCMをみて彼女のイメージががくんと下がった。もちろんそういう筋書きで撮っているのだから仕方が無いが、エコ替えと同じく嫌なCMとわたしの中ではなっている。だが男の体臭よりも食い散らかしたものを道路や店の前に捨てる奴の方がよほどクサいとわたしは思う。
テレビではこういうrudeな奴を美化して映す傾向がある。自分の感性と信じてそういうのに憧れている若者が多いのかもしれない。だが多くはマスコミが誘導したものだ。今の若い人たちは与えられた情報の真偽を見極めようとする心構えが欠如している。テレビが与えるものが真実とは限らない。亡くなられた佐藤立志さんがブログに書かれていたがアリコ・アメホのAIGグループ批判はマスコミのタブーだ。コンビニ弁当の廃棄システムも決してテレビは取り上げない。またここ数年最高利益を更新し続け役員報酬や株配当を上昇させ続けたトヨタが人件費の上昇を抑制し秋葉原の加藤被告を派遣として雇用していたことも一切報道されない。テレビが事実を知りながら触れずにいることはたくさんあるのだと思う。サラ金の利息制限法もサラ金がCMや新聞広告枠を大挙購入していた時にはタブーで報道されなかった。
たくさんの若者があこがれる芸能界もそうだ。芸能事務所の後ろには多くの場合極道が絡んでいること、それに人生を左右されたものがたくさんいることなんて誰も伝えない。ジャニタレが政治家に献上されたとか女性芸能人は枕営業があるとかそんな写真が流出するのも芸能事務所の意図であったりしたりとかネットの噂の域を出ない話も含めてたくさんある。昔から芸能は格闘技とならんで貴重な極道の収入源であることは間違いない。亀田の試合会場に極道の偉いさんがたくさん写っていたのは有名な話だ。テレビ局もそこは含んでいるのだ。だから都合の悪いものは報道しない。ナベツネが大連立を仕掛けて世論で総すかん喰らっても日テレがだんまりとおしたように。

テレビ局はどこもエコだ江古田と騒いでいる。そしてわたしが書いたのと同じく食べ物を粗末にするな、という。でもコンビニは食べ物を廃棄しないと儲からないシステムになっている。また商品がたくさんないと消費者が来なくなるため捨てる分があらかじめ計算されて作られている。それは自分で料理をしない人が増え、食べ物を買うものとしている人が増えていることが生み出し、それを儲けるシステムに変えたコンビに業界がある。そしてスポンサーであるコンビに業界や視聴率という広告獲得力を視聴者から得るため、その事実を指摘できないテレビ局のだらしなさが現状を放置する。その結果が世界一の食料輸入大国というレッテルだ。
またテレビは都会の生活ばかりを美化し、カネが全てのごとくセレブという通称をまとう成金を面白おかしくいじくりたおす。これをみて単純な若者は一攫千金を夢見る。その一方地味でも必要欠かざる農林水産業の窮状や行政の怠慢を放置した。おかげで今食べているものが海外から札束で相手の面を張って集めているものだということに気付かない泥水頭のバカどもが繁殖するに至った。道に食べかけのカップ麺を捨てる奴、飲みかけのペットボトルを車窓から投げ捨てる奴、ミシュラン見てグルメ気取り食べ残すお嬢さん、毎日どこの高級レストランで食事しようか迷う福田康夫、どれも現実を知ろうとしない哀れな人たちだ。

本当にエコロジーを実践する気なら、いかに今より小さな生活をするかだ。深夜に便利な生活を少し止め、夜のネオンを減らす世の中にし、食料をなるべく自炊する生活にし、食材が極力廃棄にならないようにすることを頭の片隅にでも置ければ毎日できなくても大きな節約となる。行政が深夜のコンビニ営業を規制しようとしているが、本当は国民が生活を変え、いまほどコンビニが必要で無い生活に緩やかに変えていくことが必要なのではなかろうか。でもそれを民放テレビは言えない。消費を抑制することは広告主の機嫌を損ねることだからだ。だからわたしが乗っている93年式BMWは売ってプリウスにしろ、と広告代理店とそこに1000億払っている前経団連会長の会社はCMで訴えるのだ。またカートリッジを買い換えず交換インクで使用しているわたしにカートリッジを寄付させて新品のカートリッジを買わせようと現経団連会長の会社は訴えるのだ。
家電リサイクル法が決められるとき、家電購入時にリサイクル料金を徴収しなければ不法投棄されることが充分予想された。にもかかわらず家電メーカーの強い政治家・役人への働きでそれは実現されなかった。その結果山道に廃家電が積まれるようになった。そしてこの先に地デジが待ち受けている。愛川欣也氏のパックインジャーナルでも言っていたがこの必要かどうか疑問な制度のおかげでとりあえず家電特需はあるだろう。だがその一方数千万台のテレビが使い勝手が悪くなる(使えないわけではない)。生活保護世帯へのアダプター無料配布といい、なにかしら利権めいたものを感じるのはわたしだけだろうか。北朝鮮に米を送りたがった政治家と同じニオイがするのだが。これもテレビ局はスルーだ。エコだというのなら今のままでもいいのではないか。BSデジタルも全く普及しなかったし双方向性もほとんど機能していない(わたしはけっこう利用していたのだが放送局側が勝手にどんどん縮小しだした)。少なくても地デジの必要性はトヨタのエコ替え程度の説得力しかないだろう。
テレビ局がエコを訴えれば訴えるほどおかしいと思うことがある。番組の説明でやたら使われるパネルや模型、そして病的ともいえるほど多用されるフリップめくりだ。関西の情報番組は皆低予算のためか液晶パネル上でフリップめくりと同じ効果を得るようやっている。無駄な製作物を作り製作予算を消費しようとするのはクソ役人どもと同じだ。自分たちがそういう無駄を無くすところからはじめなければイメージ戦略としか捉えてもらえない。トヨタのCMと同じように。わたしたちは今までより少し華美な部分を押さえていかねばこれから地球規模で訪れる食料・エネルギー・環境といった危機を回避できない。そのためにはテレビ局も必要以上な過度の演出をやめるべきだろう。朝から濃すぎる水道メーター談合オヤジがやっているからといって何でもかんでもしなくていいのですよTBSさん、と言いたい。
トヨタは新車を買ってエコしろ、と訴えかける。JRは新幹線はエコ出張だ、なんて言っている。どうもエコを企業イメージ上昇に使いたいがためとしか思えないCMが多い。だが本当の意味でエコロジーを考えたらおそらく無駄な消費を押さえることに尽きるのだと思う。少し便利・少し快適・少し快楽、こういったもので控えられるものから少し抑制していくことが資源の保護であり、地球環境の保護なのだと思う。
もし文明的な生活を維持したいのなら地球人口・日本人口はこれ以上増えてはいけない。そしてその上長寿を願うなら、それは子孫の数を抑制することを考えねばならない。そうしないなら日本以外の国の資源を奪い、その国の民の生活を圧迫し、あるいはその数を淘汰していくことを意味する。でもみんな長生きしたいし、快適な生活もしたい。子孫も欲しいし、戦争で人を殺したくないし他の国の人が飢えるのはいやだ。というならせめて今の生活で余分なもの・贅沢な物は少しそぎ落とすべきだ。路上でお菓子を食べ残しペットボトルに飲み残して放置する、ということがいかに自身の未来を傷つけているか、そして周囲の人の未来を棄損しているか、彼らは今のマスコミの情報では理解ができない。テレビ局が本気でこういった貧困・飢餓・環境と向き合うならこういった子供たちが本気でそうするべきだと思える番組を作るべきではないか。キムタクの金太郎飴ドラマでは無理があるのではないだろうか。

最後に昨年の参議院選挙で当選した福井県選出自民党参議院議員の選挙前に国会で質問(というか演説だったが)したことを書きたい。彼は二酸化炭素排出を抑制するためには福井に新幹線を作れと言った。そしてJRのCMと同じく新幹線は二酸化炭素排出量の少ない乗り物だ、と言った。そう言い放った後に高速道路が必要だとも言った。その理由は一般道路だと信号停止などで二酸化炭素が排ガスとして多く出るという言い分だ。どちらもそれを作るのに切り開く山林・重機が吐き出す二酸化炭素、消費される資源のことは一切述べられていない。この政治家は地元に公共事業を持って来たいだけなのだ。だがそういうものに対して批判が強くなってきたこのご時世だからエコをイメージ戦略に利用したのだ。この政治家は最後の最後にぎりぎり当選しやがった。あと5年は議員だ。マスコミがきちんと報道しないとこんな奴がうじゃうじゃ日本にわく。トヨタのCMもそうだ。どうも流行り言葉にエコという言葉を置こうとしているように思える。だからエコという言葉がわたしは嫌いだ。JR西日本のエコ出張という言葉にも悪寒が走るような感覚だ。わたしたちの将来がかかった大事な問題だ。テレビは広告主や国民に耳の痛いことでもどんどん発していかねばならない。
ガンを克服することは全世界の悲願かもしれない。でもガンを克服すると平均寿命は大幅に伸びる。その人たちが生きることは他の世界の人から資源を奪うことだ。ガンはそれを防ぐために人間に備え付けられた寿命時限タイマーだともいえる。そう思う人は世の中にどれだけいるであろうか。現在67億、もう50年もすれば100億にも達そうとする地球人類。いま67億で文化的生活をしていけるのは多くの人が医療・電気などのまったく無い世界で生活しているからだ。生きるということ、生かされているということをもっと私たちは考えなければならない。そうすれば自己と異なる他を寛容さをもって接することが出来る。また戦争もイジメもそう少し減らせるだろう。テレビは流行りと恋愛と笑いに特化していてはいけない。

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