|
先週末から用事で東京に行ってきた。気温の割には湿度が高いのか蒸し暑く、上着の用意が全く無駄になった。前回は2ヶ月前に宿泊したのだが、札幌往復の拠点として宿泊しただけだったので、浜松町を全く移動しなかった。 今回は学会だったので宿泊し、夕方以降は同行した人たちと食事に初めて築地に行った。地下鉄の改札を出た瞬間から魚のにおいがした。それもそのはず魚河岸の直下に築地市場の駅があったからだ。地下道をあがると朝日新聞本社とガンセンターがあり、ガンセンターでトイレを拝借した。そしてそこからすぐのところに寿司屋がたくさん並んでいた。幹線道路から少し入ると狭い路地に店がひしめき合う香港映画に出てきそうなところについた。風俗店と間違うかのような客引きが店の付近で声をかける。金曜の夜7時というのに閉まっている店が半分以上あり、やはりこのあたりは市場の人を相手にする店が多いのかなと思わせた。そして夜客引きをしている人たちは、私たちのようなよそ者を相手にしている人たちなのだと思った。 料理はなかなかおいしく、また値段も納得できるものであった。狭い路地端の部屋(3畳ほど)に6人がテーブルを囲み魚料理とお酒をいただいた。そのあと宿泊しているところのそばの居酒屋で焼肉を食べながらまた一杯だ。話も盛り上がり日付が変わったところで翌日の学会のため解散した。 だがその間世の中は大和生命の破綻に株価の大暴落といろいろ大変な一日だったようだ。8000円台はどうみても狼狽売りと追証のためのたたき売りが入っているようにしか見えない。株などしない私だが買うなら今と思わせるような混乱振りだ。今の日本はグローバル化を美辞麗句として海外進出しているから若干の影響は受けるのは仕方ないが、円は各国通過に比べて上昇していることからわかるように8000円の状態でないことは明らかだ。ほぼ全面安なのだから買い時だと思わざるを得ない。もっともこれから日本が向かうべき方向を見据えて買う銘柄を考えた方がいいだろう。わたし的には農業・医療・環境などの分野かなと思う。生化学的な分野の需要がこれからの資源不足・長寿・地球温暖化などの問題には解決が必要だ。金融・不動産ばかりが頭でっかちな国はかつての日本や今のアメリカなどを見ていれば砂上の楼閣のように思えて仕方ない。これを機に虚業を崇拝するような拝金主義的世界観は一掃して欲しいものだ。 今回は少し時間があったので20年前に過ごした東京を少し振り返るのに時間を費やしてみた。土曜の昼間に食事がてら予備校時代に通った市ヶ谷に行ってみた。車窓から見える釣堀や外堀はあの時と変わらない。自習に図書館を使わせてもらった法政大学や東京理科大も変わらない。駅を降りて外堀を渡ると昔行ったラーメン屋が今でもある。ただよく行ったビル2階にある洋食屋はなくなっていた。ここに食事に行ったとき、近くにあるシャープ(だったと思う)の社員さんがよく来ており、混雑をうっとおしいと思ったのか「浪人ふぜい」がと馬鹿にされたのを覚えている。 負け惜しみではないが、この市ヶ谷にある駿台は当時全国でもトップクラスが集結した医系進学専門コースであの数学者秋山仁氏もここで教鞭をとられていた。ここで過ごした一年はいろいろな意味で刺激的であり、また自分の進路の意味を考えさせられ、仲間たちと語らいあう貴重な時間を過ごした。そんな思い出がこの市ヶ谷にはたくさんある。 駅の近くにある”カレーの王様”は仲間と長時間しゃべるのによく使わせてもらい店の方にご迷惑をかけた。なにせカレーだけで6時間も粘っていたことがざらだった。あまりの長居にたまねぎを切ったにおいをこちらに直撃で風を当てられ涙したこともあった。罪滅ぼしに(というかここが好きなのである)今回もここへ食べに行った。もちろん20分ほどで今回は店を出た。市ヶ谷の外堀をわたり左にまがりシャープのビルを通り過ぎ(昔はここで公開番組をやっていたはずだ。松本典子が来ていたのを覚えている。)右に曲がって急坂を上る。20年前はなんともなかったこの坂が上るとすこし息が切れる。この間に失われた体力を実感する。同じく坂を上がる未来の医師たちは苦もなく上がっていく姿を見ると、この校舎は坂を登らせることで根気をつけさせ運動させているのかもなんて思ったりしてしまう。競馬でいうところの坂路調教だ。土曜の昼でも活気のある校舎の脇を通り過ぎて駅に戻った。日本の長寿を支えるであろう彼らがここで高い知識と志を身につけて欲しいと願うのみだ。 さて駅にもどり学会会場に戻ろうと思ったが聴講を予定している演題まで時間があったのでJRで移動せず乗ったことのなかった地下鉄南北線に乗り、大岡山で大井町線に乗り換え、JRに出るという遠回りをしてみた。途中の旗の台は受験した昭和大学がある。また大井町は浪人時代友人に付き添い、日雇いバイトに付き合った地だ。すこしヤクザチックな人たちに派遣された思い出はここの過去に書いたと思う。あの頃の大井町と比べ現在は随分こぎれいになった感じはする。わたしが前にここに来た昭和63年はもっと昭和感があふれていたイメージが私にはある。20年の時を再び感じた瞬間だ。 この間2時間半ほどの小旅行だ。このあと聞きたかった講演を聴き、帰路に着いた。新幹線に乗り2時間半で見慣れた駅の景色が目前にある。さきほど昼食時間がてら小旅行した時間で東京と関西はつながっている。これもつくづく便利さを感じる。一方わたしたちは時間というものに押されながら生きていることも実感する。 20年経って変わったことはたくさんある。まだ成長しつづけていた昭和から平成への移行期は少子高齢化への不安も食料エネルギー資源の不安も日本の財政への不安も全く感じなかった。それは私の不勉強な部分も大いにあるが、社会が急速に変化していったことも事実だ。格段の文化の進展の裏に便利になること、早くすること、儲かること、これらに邁進しすぎた部分もあるのだと思う。受験激化世代にいたあの頃よりも現在の東京にひっ迫した感を抱いたのは株価暴落のニュースを目にしたからだけでは無いように思う。何かにしがみつくように携帯の画面を凝視する人たちが街中のありふれた景色となっている今、もういちど世の中のあり方というものを考える必要はないのかなと思う。 さて帰宅し、興味半分にネット株式の入門を見てみた。するとオンラインで即始めるわけには行かないようだ。1週間近くかかるみたいだ。それをうっとおしいと思う自分がいる。そう、わたしも時間を追ったてて生きようとしている人間なのだ。そのことに気づいた。またネット株会社がリアルタイムで出す情報とやらのサンプルページを見てこれは今以上に人間性をなくして追ったてられる生き方をしなければならないと思った。これでわたしのギャンブラー魂の火が消えた。こんな生き方はしたくない。東京へ2時間半でいけるこの世の中をじれったく感じる生きるよりは、2時間半を全く無駄に過ごしながら感慨にふけれる心の余裕を持っていたいと私は思う。ネット株はそれを私から奪うような気がした。それはお金では買えないかけがえのないものではないかと思う。 生きるということの充足感を持たず、もっと贅沢を・もっと早く・もっと便利に・・・、こればかりで生きることが日本の社会のあり方になりつつある。そこから多くの人たちが疲れ、多くの物事が行き詰っている。そしてここ10年で1.5倍に増えた自殺者はこういう社会とは無縁ではないと思う。社会が走り続ける必要性はあるかもしれない。だが競馬で馬にスタートからムチを打ち続けても早く走れないのと同じで、社会自身もその出し引きが必要だ。もう少し息を入れなければ社会の発展などありえないのではと思う。 |
| << 前記事(2008/10/09) | トップへ | 後記事(2008/10/18)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/10/09) | トップへ | 後記事(2008/10/18)>> |