麻生氏の高齢者労働発言報道を笑い話にしていいのだろうか
ニュースで麻生氏が「高齢者は働くしか能が無い」と発言したことが問題になっている。相変わらず表現方法が下手な人だと思う。わたしは自民党政権は下野する必要があると思っていることは様々なわたしの過去記事でわかっていただけると思う。だが麻生氏の高齢者が働く環境をつくるという考えは支持する。多分3年前の安倍氏の総裁選だったと思うのだが麻生氏はこのことを主張した。地元福岡県は日本一高齢者が働かない県で日本一医療費が高い県、長野県は日本一高齢者が働く県で医療費が低い県、といった演説だ。今回の報道でも麻生氏は高齢者が働けば納税者になるといった発言をしている。少子高齢化を解決するにはそういった対策は不可避だとわたしには思える。
少子高齢化社会に関してもわたしは何度か自分の意見を書いているが再掲させていただく。日本は世界に先駆けて高齢化社会を突っ走っている。現在生産年齢人口の3.3人で1人の高齢者を支えている。このままいくと50年後には1.2人で支えなければいけない。それは医療の発達で高齢者が長生きすること、3.3人というレベルを維持するため少子化を対策するということは日本の人口増加が1.5倍になることを意味することだ。そして増えた人口を賄う食糧・エネルギーが日本には期待できないということをここに書いた。
日本が定年制を続ければ間違いなく日本は被扶養者人口が増大する。そして医療の進歩で高齢者の寿命は今より短くなることはまず無いだろう。それを解決するには天災・戦争や感染疾患で高齢者が選択的に人口減少することか、あるいは新自由主義を推し進め姥捨て山国家をつくるかだ。これから定年を迎える世代は日本の国家の繁栄を支えてきた世代だ。技術であったり経験であったり社会に貢献できるものをまだまだ持っている。問題は高くなった給与を企業が負担できないから定年という概念を持たざるを得ないのだ。
だからといって高齢者にそれまでと同じ労働条件を求めるのは困難だろう。おそらく人体は耐用年数が60年だから、定年後は医療によるメンテナンスを排除することは難しい。そこでワークシェアという概念を個々に導入すればいいのではないかと思う。週に2~3日くらいの労働、タイムシフトなどで医療や自身の余暇を共存させながら労働できる環境を整備すればいい。民間で全てそれをできればいうことはないのだが、おそらく行政が補助を含めて支えていく必要があるだろう。できればその分野を農林水産業であったり研究開発などの知的分野であったり技術指導であったりした方が日本の将来不安分野の解決の一助となりうる。わたしは共働きというものを積極的に推進することに手放しで賛成ではないが、労働不足に女性の進出を促進したいなら定年後の世代による保育や教育なんて分野も考える価値はあるだろう。これらを従前の労働条件で一人でやりきると高齢者にかかる負担は深刻だ。だが1人でやる労働を複数の高齢者でシェアすれば可能だとわたしは考える。
もちろんこれは強制するべきことではない。リタイアした後自身で判断すればいい。だが現状ではそういう選択肢は限られている。だから政府などでそういう分野を開拓することを考えるということは意味があるとわたしは思う。そうすれば年金の問題も緩和できるだろう。もちろん働いたら年金無しという制度では働く気にならないだろうからその期間分をリタイア後に増額することやあるいは収入制限を設けた上での税軽減などの措置を講じたらいい。
そうすることで働ける人は精神的にも経済的にも充足感を得れるだろう。そして日本が迎える深刻な労働力不足の解決の一助にはなると思う。今のままいけば50年後には人口は1億2500万人の人口が1億人になり、高齢者人口が2500万人から4000万人に増加し、一方生産年齢人口は8000万人から5000万人になるという概算がある。現状と同じ3.3人で1人を支える状態を維持するだけでも5000万人の生産人口が不足しているのだ。
これを少子化対策で解決すると日本の人口は1億8000万人にある。現実にはそこまで出生率が低くなることはないだろうが、今高齢者やその予備軍の世代の人口が予測より低くなることは戦争・災害・疫病以外にはありえない。労働人口の不足は間違いなく来るだろう。国家純血主義を唱え移民を拒否することは短期的には構わないだろうがいずれ立ち行かなくなる。少しでも日本人自身で社会を支えるためには高齢者の労働という方法は不可避ではないかと思う。そしてそのうえでも移民という問題は不可避だとも思う。もっともネット右翼がよく言っているよう左翼らを選民的に抹殺して人口減少するというなら別だが。
労働人口が減少する未来において日本が国力を維持するには知識や技術といった労働の質の向上が欠かせない。現在のゆとり教育世代に比べてこれから高齢者となる世代は精神的にも学問的にも技術的にも秀でた世代であることは間違いない。これらの世代を引退させるのではなく後進の育成のために活用することは必要である。でなければ労働人口の減少とともに経済力も低下する。現在食糧の輸入に年間6兆円(国民一人あたり約5万円)も使っている日本が農業衰退に歯止めをかけずしかも経済力を落としていけば食べるものさえ満足に手に入れられない可能性は高い。
麻生氏の表現は高齢者にとって不快な発言であることは間違いない。だがその内容に関しては我々はもっと真剣に考えるべき内容だ。報道は面白おかしくしか取り上げない。でも麻生氏が提起する問題は真摯に取組むべきだとわたしは思うのだが。
少子高齢化社会に関してもわたしは何度か自分の意見を書いているが再掲させていただく。日本は世界に先駆けて高齢化社会を突っ走っている。現在生産年齢人口の3.3人で1人の高齢者を支えている。このままいくと50年後には1.2人で支えなければいけない。それは医療の発達で高齢者が長生きすること、3.3人というレベルを維持するため少子化を対策するということは日本の人口増加が1.5倍になることを意味することだ。そして増えた人口を賄う食糧・エネルギーが日本には期待できないということをここに書いた。
日本が定年制を続ければ間違いなく日本は被扶養者人口が増大する。そして医療の進歩で高齢者の寿命は今より短くなることはまず無いだろう。それを解決するには天災・戦争や感染疾患で高齢者が選択的に人口減少することか、あるいは新自由主義を推し進め姥捨て山国家をつくるかだ。これから定年を迎える世代は日本の国家の繁栄を支えてきた世代だ。技術であったり経験であったり社会に貢献できるものをまだまだ持っている。問題は高くなった給与を企業が負担できないから定年という概念を持たざるを得ないのだ。
だからといって高齢者にそれまでと同じ労働条件を求めるのは困難だろう。おそらく人体は耐用年数が60年だから、定年後は医療によるメンテナンスを排除することは難しい。そこでワークシェアという概念を個々に導入すればいいのではないかと思う。週に2~3日くらいの労働、タイムシフトなどで医療や自身の余暇を共存させながら労働できる環境を整備すればいい。民間で全てそれをできればいうことはないのだが、おそらく行政が補助を含めて支えていく必要があるだろう。できればその分野を農林水産業であったり研究開発などの知的分野であったり技術指導であったりした方が日本の将来不安分野の解決の一助となりうる。わたしは共働きというものを積極的に推進することに手放しで賛成ではないが、労働不足に女性の進出を促進したいなら定年後の世代による保育や教育なんて分野も考える価値はあるだろう。これらを従前の労働条件で一人でやりきると高齢者にかかる負担は深刻だ。だが1人でやる労働を複数の高齢者でシェアすれば可能だとわたしは考える。
もちろんこれは強制するべきことではない。リタイアした後自身で判断すればいい。だが現状ではそういう選択肢は限られている。だから政府などでそういう分野を開拓することを考えるということは意味があるとわたしは思う。そうすれば年金の問題も緩和できるだろう。もちろん働いたら年金無しという制度では働く気にならないだろうからその期間分をリタイア後に増額することやあるいは収入制限を設けた上での税軽減などの措置を講じたらいい。
そうすることで働ける人は精神的にも経済的にも充足感を得れるだろう。そして日本が迎える深刻な労働力不足の解決の一助にはなると思う。今のままいけば50年後には人口は1億2500万人の人口が1億人になり、高齢者人口が2500万人から4000万人に増加し、一方生産年齢人口は8000万人から5000万人になるという概算がある。現状と同じ3.3人で1人を支える状態を維持するだけでも5000万人の生産人口が不足しているのだ。
これを少子化対策で解決すると日本の人口は1億8000万人にある。現実にはそこまで出生率が低くなることはないだろうが、今高齢者やその予備軍の世代の人口が予測より低くなることは戦争・災害・疫病以外にはありえない。労働人口の不足は間違いなく来るだろう。国家純血主義を唱え移民を拒否することは短期的には構わないだろうがいずれ立ち行かなくなる。少しでも日本人自身で社会を支えるためには高齢者の労働という方法は不可避ではないかと思う。そしてそのうえでも移民という問題は不可避だとも思う。もっともネット右翼がよく言っているよう左翼らを選民的に抹殺して人口減少するというなら別だが。
労働人口が減少する未来において日本が国力を維持するには知識や技術といった労働の質の向上が欠かせない。現在のゆとり教育世代に比べてこれから高齢者となる世代は精神的にも学問的にも技術的にも秀でた世代であることは間違いない。これらの世代を引退させるのではなく後進の育成のために活用することは必要である。でなければ労働人口の減少とともに経済力も低下する。現在食糧の輸入に年間6兆円(国民一人あたり約5万円)も使っている日本が農業衰退に歯止めをかけずしかも経済力を落としていけば食べるものさえ満足に手に入れられない可能性は高い。
麻生氏の表現は高齢者にとって不快な発言であることは間違いない。だがその内容に関しては我々はもっと真剣に考えるべき内容だ。報道は面白おかしくしか取り上げない。でも麻生氏が提起する問題は真摯に取組むべきだとわたしは思うのだが。
この記事へのコメント
ある高齢者にとって、ある労働をすることが生きがいになるならば、実現できるようにするのも行政に仕事です。税金収懐カネゴン(金権亡者)的発想では成しえませんが…。