ふらり奈良の旅~あえてマイナーな道を行く
昨日は午後が久しぶりに空いたので”hardoff”で大好きな中古オーディオなどを見に行こうと思い立った。京都には店が無いので滋賀か奈良になる。滋賀は先月末用事がてら行ったので今回は奈良だ。でもただまっすぐ行っても面白くない。そこでもうひとつ最近行ってみたいと思ったところが出来たのでそこを経由していくこととした。
それは和歌山の県道44号線を振り返って検索していたときに見つけた記事だ。県道のうち通行も厳しいような道を険道と記すようにひどい国道を酷道と記すらしい。それらの掲示板があり眺めているとしばしば出てくる道がある。酷道308号線だ。これを地図で探してもなかなか見つけにくい。検索すると東大阪から奈良へと辿る道であることがわかった。さらに冒険者がビデオでその酷道を撮影している映像があったので見てみた。そのさまはとても国道といえるものではない。ただのハイキング用の田舎道だった。道幅はほぼクルマ一台ぎりぎり、地面は石畳だ。これをみて以前テレビ番組でこの道を紹介していたのを思い出した。車載カメラでその困難さを写していた。
大阪から奈良へは第二阪奈道路が一番快適であるが有料である。次には峠を攻めるドライバーにはお馴染みの阪奈道路がある。その北側には国道163号線がありいずれも通行に支障など無い普通の道だ。しかし地図をよく見ると第二阪奈のすぐ南に蜘蛛の糸のような細い国道がある。これが国道308号である。
地図ではマイナーだからこの細い線なのかと思いきや実情はこれ以上に細い。慣れた人以外で狭い道が得意でないひとや大型車のひとは限りなく行ってはいけない道がそこにあるのだ。前回の険道44号線も北部の沿線施設の交通案内説明にも、国道42号線側からは44号線を北上するルートのほうが近いにもかかわらず新宮を迂回するルートが掲載されていた。今回の道も必要の無いものは行くなという意味が色濃い地図の示し方であるのだと思われる。国道170号線から308号線へと曲がる交差点も表示が不親切極まりない。また酷道の入り口となる地点である近鉄奈良線下も奈良側一方通行で大阪方面からは迂回させられる。どうにも行くなというオーラが漂っている。
思い起こせばこのあたりは電車通学していたとき毎日通り過ぎていたところで景色も見覚えがある。といっても満員電車で押しつぶされながら覗いていた景色であるが。あのときはここに修験道のような国道が存在するとはつゆにも思わなかった。生駒の山肌は車窓より迫っており、山肌に道路を開いたような痕跡は無かったからだ。
さて地元のかたに道を聞き、警備員さんにも道を聞いてようやく酷道(国道ではない)の入り口に辿りついた。上がるとすぐこれはハイキング用の山道だと確信した。道は狭いし枚岡公園内を突き抜け進むさまはどう考えても遊歩道にバイクが不法侵入した様である。ただ大阪ー奈良の抜け道としても有名なせいかクルマは結構いる。しかも慣れている。
公園内は警備員が離合の誘導をしておりスムーズに進行したがすぐにのぼりの急斜面が現れた。
わたしのバイクは150ccだが結構苦しがって登っている。それでも前方には50ccのスクーターがおり、原付でも上れるということがわかった。上に近づけば近づくほどハイキングの人が増え、やはりこれは国道というより遊歩道だという思いを強くした。
ようやく頂上の暗(くらやみ)峠に着くと薄暗い下りカーブのトンネルが待ち構えている。ネットでも向こうから進入してくる車両がわかりにくい危ないトンネルとあった。そのとおり明かりも無くカーウミラーを手がかりに進んだ。すると開けた景色が現れ、峠茶屋のようなものがあり、ライダーが結構たくさん休憩していた。
それを横目に通り過ぎ下りに進む。予定ではこの道で奈良まで行くつもりだったのだが、南生駒の時点で道を間違え国道168号線に出てしまった。これも南下すれば紀伊半島縦断できる道なのだが今回はそんな時間などあるべくも無いので斑鳩(いかるが)まで出て大和郡山経由で奈良へ向かうこととした。途中単線の近鉄生駒線沿いに山間の静かな集落を通り抜ける。大阪から山を隔てただけのところにこれだけ静かな集落があることに少し驚きを覚え景色を楽しんだ。
斑鳩の交差点に着いた。ここで国道25線に左折するのだが、この交差点が渋滞している。そのうちレッカー車のトラック版みたいなものが来た。学校帰りの子供や地域の人たちが橋の上で集まっている。何かと思えば横の竜田川に大きなトレーラーが正面から突っ込んで落ちているのを確認できた。どうやったらそうなるのか不思議な光景だったが、立ち止まってみると余計渋滞が酷くなるのでサラッと通り過ぎ大和郡山へ向かった。
なぜ大和郡山かというとここに私が受験して落ちた奈良学園があるからだ。当時の奈良学園は志願倍率が十数倍だった。私は最後のほうで志願書を出したので試験会場は学生食堂だった記憶がある。その後奈良学園(ナラガクと私は言っているが)の卒業生と幾人か知り合ったが非常に個性的な学校であることがわかった。というか非常に個性的に育つ学校だと思う。これはいい意味ばかりでも悪い意味ばかりでもない。わたしの知り合いのナラガク生は例外なく個性的だ。だがいいヤツも多いことは付け足しておきたい。
べつに特別覗いてやろうという強い意志があったわけではない。ただ駅からバスで10分以上さらに徒歩でもしばらく歩いた記憶のあるこの学校は、近くに大きな池があり山間僻地の学校の趣だった記憶がある。いまだにその場所を良く把握していなかったので少し興味心をくすぐられたのだ。学校の案内板を見つけ国道25号線から分かれたが、曲がるところを通り過ぎ結局立ち寄ることは無かった。わざわざ引き戻して探すほどの目的心も無かったのでそのまま国道24号線に出て奈良市内に向かい目的の”hardoff”に到着した。
AVampがそろそろ寿命に近い。前のは高松うどんツアー’01で同じく”hardoff”にて購入した5年落ちモデルだった。わたしは物持ちがいいのかベータに8mm、VHSと持っていたのでAVの入出力が3系統は欲しかった。だがこれがなかなか無い。現在さすがにこれらは機能しなくなったが替わりにDVDやHDレコーダーがある。また8mmも修理して使いたいので(多くの古い録画はこれでまだ未変換なので)やはり入出力3系統が希望だ。だが今回は何も無かった。PC関係も楽器関係も何も無かったのでおとなしく帰路につくこととした。
帰りは北上して国道163号線に出て、高山から北上し交野へ出る予定だった。だがこれも道を間違い京田辺の打田に出てしまった。このまま集落を通り過ぎていく道は何度も通っているので、スケベ心を出して集落南端の道から西側にある道を北上することとした。ここも和歌山で見たような静かな山間の風景だ。途中ですれ違う車もほとんどなく黄金色の田んぼや秋を先取りするひんやりした空気を感じ狭い田舎道を快走、京田辺に到着し同志社大学を通り抜け帰宅した。
この日は夜9時より会合があり、またバイクで出かけた。この昼の気候からフリースを着込んでいった。それでも少し寒さを感じる夜であった。昨年も涼しかったが今年のほうが季節が早そうだ。なにかしら地球が歪みつつある兆候のような気がする。私たち人類が天に向かって吐いたツバが降りかかってきているのだろうか。便利さの代償は意外と大きいかもしれない。
それは和歌山の県道44号線を振り返って検索していたときに見つけた記事だ。県道のうち通行も厳しいような道を険道と記すようにひどい国道を酷道と記すらしい。それらの掲示板があり眺めているとしばしば出てくる道がある。酷道308号線だ。これを地図で探してもなかなか見つけにくい。検索すると東大阪から奈良へと辿る道であることがわかった。さらに冒険者がビデオでその酷道を撮影している映像があったので見てみた。そのさまはとても国道といえるものではない。ただのハイキング用の田舎道だった。道幅はほぼクルマ一台ぎりぎり、地面は石畳だ。これをみて以前テレビ番組でこの道を紹介していたのを思い出した。車載カメラでその困難さを写していた。
大阪から奈良へは第二阪奈道路が一番快適であるが有料である。次には峠を攻めるドライバーにはお馴染みの阪奈道路がある。その北側には国道163号線がありいずれも通行に支障など無い普通の道だ。しかし地図をよく見ると第二阪奈のすぐ南に蜘蛛の糸のような細い国道がある。これが国道308号である。
地図ではマイナーだからこの細い線なのかと思いきや実情はこれ以上に細い。慣れた人以外で狭い道が得意でないひとや大型車のひとは限りなく行ってはいけない道がそこにあるのだ。前回の険道44号線も北部の沿線施設の交通案内説明にも、国道42号線側からは44号線を北上するルートのほうが近いにもかかわらず新宮を迂回するルートが掲載されていた。今回の道も必要の無いものは行くなという意味が色濃い地図の示し方であるのだと思われる。国道170号線から308号線へと曲がる交差点も表示が不親切極まりない。また酷道の入り口となる地点である近鉄奈良線下も奈良側一方通行で大阪方面からは迂回させられる。どうにも行くなというオーラが漂っている。
思い起こせばこのあたりは電車通学していたとき毎日通り過ぎていたところで景色も見覚えがある。といっても満員電車で押しつぶされながら覗いていた景色であるが。あのときはここに修験道のような国道が存在するとはつゆにも思わなかった。生駒の山肌は車窓より迫っており、山肌に道路を開いたような痕跡は無かったからだ。
さて地元のかたに道を聞き、警備員さんにも道を聞いてようやく酷道(国道ではない)の入り口に辿りついた。上がるとすぐこれはハイキング用の山道だと確信した。道は狭いし枚岡公園内を突き抜け進むさまはどう考えても遊歩道にバイクが不法侵入した様である。ただ大阪ー奈良の抜け道としても有名なせいかクルマは結構いる。しかも慣れている。
公園内は警備員が離合の誘導をしておりスムーズに進行したがすぐにのぼりの急斜面が現れた。
わたしのバイクは150ccだが結構苦しがって登っている。それでも前方には50ccのスクーターがおり、原付でも上れるということがわかった。上に近づけば近づくほどハイキングの人が増え、やはりこれは国道というより遊歩道だという思いを強くした。
ようやく頂上の暗(くらやみ)峠に着くと薄暗い下りカーブのトンネルが待ち構えている。ネットでも向こうから進入してくる車両がわかりにくい危ないトンネルとあった。そのとおり明かりも無くカーウミラーを手がかりに進んだ。すると開けた景色が現れ、峠茶屋のようなものがあり、ライダーが結構たくさん休憩していた。
それを横目に通り過ぎ下りに進む。予定ではこの道で奈良まで行くつもりだったのだが、南生駒の時点で道を間違え国道168号線に出てしまった。これも南下すれば紀伊半島縦断できる道なのだが今回はそんな時間などあるべくも無いので斑鳩(いかるが)まで出て大和郡山経由で奈良へ向かうこととした。途中単線の近鉄生駒線沿いに山間の静かな集落を通り抜ける。大阪から山を隔てただけのところにこれだけ静かな集落があることに少し驚きを覚え景色を楽しんだ。
斑鳩の交差点に着いた。ここで国道25線に左折するのだが、この交差点が渋滞している。そのうちレッカー車のトラック版みたいなものが来た。学校帰りの子供や地域の人たちが橋の上で集まっている。何かと思えば横の竜田川に大きなトレーラーが正面から突っ込んで落ちているのを確認できた。どうやったらそうなるのか不思議な光景だったが、立ち止まってみると余計渋滞が酷くなるのでサラッと通り過ぎ大和郡山へ向かった。
なぜ大和郡山かというとここに私が受験して落ちた奈良学園があるからだ。当時の奈良学園は志願倍率が十数倍だった。私は最後のほうで志願書を出したので試験会場は学生食堂だった記憶がある。その後奈良学園(ナラガクと私は言っているが)の卒業生と幾人か知り合ったが非常に個性的な学校であることがわかった。というか非常に個性的に育つ学校だと思う。これはいい意味ばかりでも悪い意味ばかりでもない。わたしの知り合いのナラガク生は例外なく個性的だ。だがいいヤツも多いことは付け足しておきたい。
べつに特別覗いてやろうという強い意志があったわけではない。ただ駅からバスで10分以上さらに徒歩でもしばらく歩いた記憶のあるこの学校は、近くに大きな池があり山間僻地の学校の趣だった記憶がある。いまだにその場所を良く把握していなかったので少し興味心をくすぐられたのだ。学校の案内板を見つけ国道25号線から分かれたが、曲がるところを通り過ぎ結局立ち寄ることは無かった。わざわざ引き戻して探すほどの目的心も無かったのでそのまま国道24号線に出て奈良市内に向かい目的の”hardoff”に到着した。
AVampがそろそろ寿命に近い。前のは高松うどんツアー’01で同じく”hardoff”にて購入した5年落ちモデルだった。わたしは物持ちがいいのかベータに8mm、VHSと持っていたのでAVの入出力が3系統は欲しかった。だがこれがなかなか無い。現在さすがにこれらは機能しなくなったが替わりにDVDやHDレコーダーがある。また8mmも修理して使いたいので(多くの古い録画はこれでまだ未変換なので)やはり入出力3系統が希望だ。だが今回は何も無かった。PC関係も楽器関係も何も無かったのでおとなしく帰路につくこととした。
帰りは北上して国道163号線に出て、高山から北上し交野へ出る予定だった。だがこれも道を間違い京田辺の打田に出てしまった。このまま集落を通り過ぎていく道は何度も通っているので、スケベ心を出して集落南端の道から西側にある道を北上することとした。ここも和歌山で見たような静かな山間の風景だ。途中ですれ違う車もほとんどなく黄金色の田んぼや秋を先取りするひんやりした空気を感じ狭い田舎道を快走、京田辺に到着し同志社大学を通り抜け帰宅した。
この日は夜9時より会合があり、またバイクで出かけた。この昼の気候からフリースを着込んでいった。それでも少し寒さを感じる夜であった。昨年も涼しかったが今年のほうが季節が早そうだ。なにかしら地球が歪みつつある兆候のような気がする。私たち人類が天に向かって吐いたツバが降りかかってきているのだろうか。便利さの代償は意外と大きいかもしれない。
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